「厚かましい?」
「そうだよ」
聡は力強く頷く。
「お前と別れて澤村ってヤツに付け込まれて、美鶴と喧嘩別れして高校では苛められて、私はなんて可哀想なんだろうって。そうやってスネて篭ってるんだろう?」
「それはちょっと言い過ぎ」
「言い過ぎじゃねぇよ」
聡の強い口調に、蔦はさすがに閉口する。
「言い過ぎじゃねぇ」
聡は言葉を口にするたび、言いようのない怒りがフツフツと湧き上がる。
「情けない態度振りまいてたアイツ自身が悪いのに、お前や美鶴が悪いんだって原因を押し付けて引き篭もってるんだろう? そんなふて腐れてるだけな奴、誰かの世話になる権利なんてねぇんだよ」
「別に俺は自分が田代さんに責められてるとは思ってないけど」
「そうに決まってるっ!」
怒りに言葉を吐き出す。
「きっとそうに決まってる。そんな態度でいるから、涼木に変な悩みなんか与えてるんだ」
私は可哀想。蔦くんと別れてしまわなければ、今の私はもっと幸せだったかもしれないのに。などといった態度でも振りまいてるんじゃねぇのか? そんな態度見せられたら、涼木でなくとも考えるよ。自分がコウと付き合ってるのは、悪い事なのかな? この子はまだコウの事、想ってるのかな? ってさ。
あぁ、ウザいっ!
聡は拳で壁を叩く。
「とにかくアイツは、頭に浮かぶだけでウザいんだよ」
イライラと舌を打つ相手に、蔦康煕は肩を竦めてチラリと上目使い。
「なんだか、相当嫌いなようだね」
「あぁ、嫌いだね」
悪びれもせずにハッキリと答える。
「あんな無神経で態度もはっきりしない、すぐベソベソ泣くような、自分の事しか考えない我侭な奴、俺は大っ嫌いだ。あんな奴のせいで美鶴が変わっちまったのかと思うと、もう本当に腹が立つぜ」
結局は大迫か。
その時、校内に予鈴が響き渡った。
「あぁ クソッ! メシ食い損なった」
田代のヤツッ! と唸る聡。昼食と田代里奈は関係ないだろうと思いつつも口にはせず、蔦は少し背筋を伸ばした。
「行こうぜ」
そんな言葉に素直に応じるも、怒りが収まらない様子の聡。
それにしても、俺とツバサの喧嘩がいつから田代さんの話になったんだ?
蔦は小さくため息をつき、わき腹を摩りながら、怒りを滾らせる小さな瞳を微笑ましく思った。
「山脇様、はい」
声に振り返ると同時、差し出されたのは真新しいタオル。未使用だろう。頬に触れる感触は不自然なほど柔らかく、だが何回か使用した物ほどの吸水性は期待できない。タオルは新品のものよりも何度か使用したものの方が使いやすかったりする。
「え?」
タオルを半ば強引に頬へ押し付けられ、目を点にする瑠駆真。タオルを挟んでマスカラベタ塗りの睫毛が揺れる。
「体育の授業、お疲れサマです」
「あ、あぁ」
これ見よがしの瞬きに一歩引き、タオルを押し返すように瑠駆真は腕を押した。
「えっと、これは?」
「あら、汗をかかれたと思いまして、お待ちしておりましたのよ」
ここは男子更衣室の入り口。体育の授業が終わって着替えるために入ろうとした矢先の事だった。
「寒くなってきましたわ。汗はすぐに拭かないと風邪をひいてしまいますのよ」
などと言いながら受け取ってもらえなかったタオルを握り締め、徐に首筋へと腕を伸ばす。
「わわっ」
慌ててもう一歩下がろうとしたが、背後には更衣室のコンクリート壁。逃げ場を失って焦る瑠駆真にもう少しで女子生徒の手が届くという瞬間。
「ちょっとっ!」
咎めると言うより怒鳴ると表現した方がよさそうな声。
「抜け駆けは許しませんわよ」
マスカラ少女は声の方へ視線を投げ、不愉快そうに口元を引き締める。
「抜け駆けだなんて、失礼な」
「失礼なのはどちら?」
ズカズカと近寄るのは、これまた女子生徒。
「瑠駆真様は私たちのクラスの方ですわ。お世話するのは私たちの役目。他クラスの生徒には関係ありません」
「あらぁ、それはどうかしら?」
いいながらチラリと相手の全身を見遣る。
「そのようなお姿で、山脇様のお世話ができまして?」
相手は体操服。当然だ、瑠駆真が体育の授業を受けていたのなら、同じクラスの女子だって体育の授業を受けていたはず。授業が終わって、まだ二分程しかたっていない。体操服姿は当然だ。
その出で立ちを舐めるように眺め、マスカラが顎をあげる。
「そのような汗臭いお姿で山脇様のお世話などできまして? まずは己の身だしなみを整える方が先ではございませんこと?」
その言葉に、体操服がギリリと歯噛みをし、タオルを勢い良く取り上げる。
「なによっ こんな安物のタオルで瑠駆真様の汗を拭こうなんて、失礼にも程があるわ」
「なんですって? このタオルはイタリアの有名ブランドから出された、それも限定品ですわ。あなたのような低俗な人間が知らないだけですっ!」
「低俗ですってぇぇ」
バチバチと火花を散らしながら睨み合う二人の傍を、ソロリソロリと後ろ足で立ち去ろうとする人物。ゆっくりと、音が出ないようにゆっくりと更衣室の扉を開け―――
「あっ、山脇様」
「瑠駆真様っ!」
「ごめんっ!」
呼び声にも振り向かずに瑠駆真は更衣室へ飛び込む。そうしてフーッと大きな息を吐き、着替えのしまってあるロッカーへ向かおうとして、足を止めた。
「何?」
集中する男子生徒の視線の束。
「えっと、何か?」
「いや」
視線の一つが言葉と共に外れる。それを合図とするかのように、他の視線も外れていく。
「そう?」
腑に落ちない思いでロッカーの扉を開けると、その背後から低い声が響いた。
「大人気だな、王子様よ」
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